る事になった訳かな。まあありがたい」
「あんまりありがたくもないでしょう」
「いやありがたいよ」
「宅《うち》の方が病院よりはまだましだとおっしゃるんでしょう」
「まあその辺かも知れないがね」
津田はいつもの調子でこう云った後で、急に思い出したように付け足した。
「今度はお前の拵《こしら》えてくれた※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍《どてら》で助かったよ。綿が新らしいせいか大変着心地が好いね」
お延は笑いながら夫を冷嘲《ひやか》した。
「どうなすったの。なんだか急にお世辞《せじ》が旨《うま》くおなりね。だけど、違ってるのよ、あなたの鑑定は」
お延は問題の※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍を畳みながら、新らしい綿ばかりを入れなかった事実を夫に白状した。津田はその時着物を着換えていた。絞《しぼ》りの模様の入った縮緬《ちりめん》の兵児帯《へこおび》をぐるぐる腰に巻く方が、彼にはむしろ大事な所作《しょさ》であった。それほど軽く※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍の中味を見ていた彼の愛嬌《あいきょう》は、正直なお延の返事を待ち受けるのでも何でもなかった。彼はただ「はあそうかい」と云ったぎりであった。
「お気に召したらどうぞ温泉へも持っていらしって下さい」
「そうして時々お前の親切でも思い出すかな」
「しかし宿屋で貸してくれる※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍の方がずっとよかったり何かすると、いい恥っ掻きね、あたしの方は」
「そんな事はないよ」
「いえあるのよ。品質《もの》が悪いとどうしても損ね、そういう時には。親切なんかすぐどこかへ飛んでっちまうんだから」
無邪気なお延の言葉は、彼女の意味する通りの単純さで津田の耳へは響かなかった。そこには一種のアイロニーが顫動《せんどう》していた。※[#「糸」+褞のつくり」、第3水準1−90−18]袍《どてら》は何かの象徴《シンボル》であるらしく受け取れた。多少気味の悪くなった津田は、お延に背中を向けたままで、兵児帯《へこおび》の先をこま結びに結んだ。
やがて二人は看護婦に送られて玄関に出ると、すぐそこに待たしてある車に乗った。
「さよなら」
多事な一週間の病院生活は、この一語でようやく幕になった。
百五十四
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