だと思っていらっしゃるの、馬鹿らしい。ヒステリーじゃあるまいし」
「じゃ行ってもいいかい」
「よござんすとも」と云った時、お延は急に袂《たもと》から手帛《ハンケチ》を出して顔へ当てたと思うと、しくしく泣き出した。あとの言葉は、啜《すす》り上げる声の間から、句をなさずに、途切《とぎ》れ途切れに、毀《こわ》れ物のような形で出て来た。
「いくらあたしが、……わがままだって、……あなたの療養の……邪魔をするような、……そんな……あたしは不断からあなたがあたしに許して下さる自由に対して感謝の念をもっているんです……のにあたしがあなたの転地療養を……妨げるなんて……」
 津田はようやく安心した。けれどもお延にはまだ先があった。発作《ほっさ》が静まると共に、その先は比較的すらすら出た。
「あたしはそんな小さな事を考えているんじゃないんです。いくらあたしが女だって馬鹿だって、あたしにはまたあたしだけの体面というものがあります。だから女なら女なり、馬鹿なら馬鹿なりに、その体面を維持《いじ》して行きたいと思うんです。もしそれを毀損《きそん》されると……」
 お延はこれだけ云いかけてまた泣き出した。あとはまた切れ切れになった。
「万一……もしそんな事があると……岡本の叔父に対しても……叔母に対しても……面目《めんぼく》なくて、合わす顔がなくなるんです。……それでなくっても、あたしはもう秀子さんなんぞから馬鹿にされ切っているんです。……それをあなたは傍《そば》で見ていながら、……すまして……すまして……知らん顔をしていらっしゃるんです」
 津田は急に口を開いた。
「お秀がお前を馬鹿にしたって? いつ? 今日お前が行った時にかい」
 津田は我知らずとんでもない事を云ってしまった。お延が話さない限り、彼はその会見を知るはずがなかったのである。お延の眼ははたして閃《ひら》めいた。
「それ御覧なさい。あたしが今日秀子さんの所へ行った事が、あなたにはもうちゃんと知れているじゃありませんか」
「お秀が電話をかけたよ」という返事がすぐ津田の咽喉《のど》から外へ滑《すべ》り出さなかった。彼は云おうか止《よ》そうかと思って迷った。けれども時に一寸《いっすん》の容赦《ようしゃ》もなかった。反吐《へど》もどしていればいるほど形勢は危《あや》うくなるだけであった。彼はほとんど行きつまった。しかし間髪《かんはつ》を
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