容《い》れずという際《きわ》どい間際《まぎわ》に、旨《うま》い口実が天から降って来た。
「車夫《くるまや》が帰って来てそう云ったもの。おおかたお時が車夫に話したんだろう」
 幸いお延がお秀の後を追《おっ》かけて出た事は、下女にも解っていた。偶発の言訳が偶中《ぐうちゅう》の功《こう》を奏した時、津田は再度の胸を撫《な》で下《おろ》した。

        百四十九

 遮二無二《しゃにむに》津田を突き破ろうとしたお延は立ちどまった。夫がそれほど自分をごまかしていたのでないと考える拍子《ひょうし》に気が抜けたので、一息《ひといき》に進むつもりの彼女は進めなくなった。津田はそこを覘《ねら》った。
「お秀なんぞが何を云ったって構わないじゃないか。お秀はお秀、お前はお前なんだから」
 お延は答えた。
「そんなら小林なんぞがあたしに何を云ったって構わないじゃありませんか。あなたはあなた、小林は小林なんだから」
「そりゃ構わないよ。お前さえしっかりしていてくれれば。ただ疑ぐりだの誤解だのを起して、それをむやみに振り廻されると迷惑するから、こっちだって黙っていられなくなるだけさ」
「あたしだって同じ事ですわ。いくらお秀さんが馬鹿にしようと、いくら藤井の叔母さんが疎外しようと、あなたさえしっかりしていて下されば、苦《く》になるはずはないんです。それを肝心《かんじん》のあなたが……」
 お延は行きつまった。彼女には明暸《めいりょう》な事実がなかった。したがって明暸な言葉が口へ出て来なかった。そこを津田がまた一掬《ひとすく》い掬った。
「おおかたお前の体面に関わるような不始末でもすると思ってるんだろう。それよりか、もう少しおれに憑《よ》りかかって安心していたらいいじゃないか」
 お延は急に大きな声を揚げた。
「あたしは憑りかかりたいんです。安心したいんです。どのくらい憑りかかりたがっているか、あなたには想像がつかないくらい、憑りかかりたいんです」
「想像がつかない?」
「ええ、まるで想像がつかないんです。もしつけば、あなたも変って来なくっちゃならないんです。つかないから、そんなに澄ましていらっしゃられるんです」
「澄ましてやしないよ」
「気の毒だとも可哀相《かわいそう》だとも思って下さらないんです」
「気の毒だとも、可哀相だとも……」
 これだけ繰り返した津田はいったん塞《つか》えた。そ
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