ができた。――夫は彼の留守《るす》に小林の来た事を苦《く》にしている。その小林が自分に何を話したかをなお気に病《や》んでいる。そうしてその話の内容は、まだ判然《はっきり》掴《つか》んでいない。だから鎌《かま》をかけて自分を釣り出そうとする。
 そこに明らかな秘密があった。材料として彼女の胸に蓄わえられて来たこれまでのいっさいは、疑《うたがい》もなく矛盾もなく、ことごとく同じ方角に向って注ぎ込んでいた。秘密は確実であった。青天白日のように明らかであった。同時に青天白日と同じ事で、どこにもその影を宿さなかった。彼女はそれを見つめるだけであった。手を出す術《すべ》を知らなかった。
 悩乱《のうらん》のうちにまだ一分《いちぶん》の商量《しょうりょう》を余した利巧《りこう》な彼女は、夫のかけた鎌を外《はず》さずに、すぐ向うへかけ返した。
「じゃ本当を云いましょう。実は小林さんから詳しい話をみんな聴《き》いてしまったんです。だから隠したってもう駄目《だめ》よ。あなたもずいぶんひどい方《かた》ね」
 彼女の云《い》い草《ぐさ》はほとんどでたらめに近かった。けれどもそれを口にする気持からいうと、全くの真剣沙汰《しんけんざた》と何の異《こと》なるところはなかった。彼女は熱を籠《こ》めた語気で、津田を「ひどい方《かた》」と呼ばなければならなかった。
 反響はすぐ夫の上に来た。津田はこのでたらめの前に退避《たじ》ろぐ気色《けしき》を見せた。お秀の所で遣《や》り損《そく》なった苦《にが》い経験にも懲《こ》りず、また同じ冒険を試みたお延の度胸は酬《むく》いられそうになった。彼女は一躍して進んだ。
「なぜこうならない前に、打ち明けて下さらなかったんです」
「こうならない前」という言葉は曖昧《あいまい》であった。津田はその意味を捕捉《ほそく》するに苦しんだ。肝心《かんじん》のお延にはなお解らなかった。だから訊《き》かれても説明しなかった。津田はただぼんやりと念を押した。
「まさか温泉へ行く事をいうんじゃあるまいね。それが不都合だと云うんなら、やめても構わないが」
 お延は意外な顔をした。
「誰がそんな無理をいうもんですか。会社の方の都合《つごう》がついて、病後の身体《からだ》を回復する事ができれば、それほど結構な事はないじゃありませんか。それが悪いなんてむちゃくちゃを云《い》い募《つの》るあたし
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