上部に取り付けられた電鈴《ベル》が鋭どい音を立てた時、彼は玄関の突き当りの狭い部屋から出る四五人の眼の光を一度に浴びた。窓のないその室《へや》は狭いばかりでなく実際暗かった。外部《そと》から急に入って来た彼にはまるで穴蔵のような感じを与えた。彼は寒そうに長椅子の片隅《かたすみ》へ腰をおろして、たった今暗い中から眼を光らして自分の方を見た人達を見返した。彼らの多くは室の真中に出してある大きな瀬戸物|火鉢《ひばち》の周囲《まわり》を取り巻くようにして坐っていた。そのうちの二人は腕組のまま、二人は火鉢の縁《ふち》に片手を翳《かざ》したまま、ずっと離れた一人はそこに取り散らした新聞紙の上へ甜《な》めるように顔を押し付けたまま、また最後の一人は彼の今腰をおろした長椅子の反対の隅に、心持|身体《からだ》を横にして洋袴《ズボン》の膝頭《ひざがしら》を重ねたまま。
電鈴《ベル》の鳴った時申し合せたように戸口をふり向いた彼らは、一瞥《いちべつ》の後《のち》また申し合せたように静かになってしまった。みんな黙って何事をか考え込んでいるらしい態度で坐っていた。その様子が津田の存在に注意を払わないというよりも、かえって津田から注意されるのを回避するのだとも取れた。単に津田ばかりでなく、お互に注意され合う苦痛を憚《はば》かって、わざとそっぽへ眼を落しているらしくも見えた。
この陰気な一群《いちぐん》の人々は、ほとんど例外なしに似たり寄ったりの過去をもっているものばかりであった。彼らはこうして暗い控室の中で、静かに自分の順番の来るのを待っている間に、むしろ華《はな》やかに彩《いろど》られたその過去の断片のために、急に黒い影を投げかけられるのである。そうして明るい所へ眼を向ける勇気がないので、じっとその黒い影の中に立ち竦《すく》むようにして閉《と》じ籠《こも》っているのである。
津田は長椅子の肱掛《ひじかけ》に腕を載《の》せて手を額にあてた。彼は黙祷《もくとう》を神に捧げるようなこの姿勢のもとに、彼が去年の暮以来この医者の家で思いがけなく会った二人の男の事を考えた。
その一人は事実彼の妹婿《いもとむこ》にほかならなかった。この暗い室の中で突然彼の姿を認めた時、津田は吃驚《びっくり》した。そんな事に対して比較的|無頓着《むとんじゃく》な相手も、津田の驚ろき方が反響したために、ちょっと挨拶《あ
前へ
次へ
全373ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング