お延に断られたので、成立しなかったけれども、彼は今でもその方が適当な遣口《やりくち》だと信じていた。
 お延がなぜこういう用向《ようむき》を帯びて夫人を訪《たず》ねるのを嫌《きら》ったのか、津田は不思議でならなかった。黙っていてもそんな方面へ出入《でいり》をしたがる女のくせに。と彼はその時考えた。夫人の前へ出られるためにわざと用事を拵《こし》らえて貰《もら》ったのと同じ事だのにとまで、自分の動議を強調して見た。しかしどうしても引き受けたがらないお延を、たって強《し》いる気もまたその場合の彼には起らなかった。それは夫婦打ち解けた気分にも起因していたが、一方から見ると、またお延の辞退しようにも関係していた。彼女は自分が行くと必ず失敗するからと云った。しかしその理由を述べる代りに、津田ならきっと成効《せいこう》するに違《ちがい》ないからと云った。成効するにしても、病院を出た後《あと》でなければ会う訳に行かないんだから、遅くなる虞《おそ》れがあると津田が注意した時、お延はまた意外な返事を彼に与えた。彼女は夫人がきっと病院へ見舞に来るに違ないと断言した。その時機を利用しさえすれば、一番自然にまた一番簡単に事が運ぶのだと主張した。
 津田は洗濯屋の干物《ほしもの》を眺めながら、昨日《きのう》の問答をこんな風に、それからそれへと手元へ手繰《たぐ》り寄せて点検した。すると吉川夫人は見舞に来てくれそうでもあった。また来てくれそうにもなかった。つまりお延がなぜ来る方をそう堅く主張したのか解らなくなった。彼は芝居の食堂で晩餐《ばんさん》の卓に着いたという大勢を眼先に想像して見た。お延と吉川夫人の間にどんな会話が取り換わされたかを、小説的に組み合せても見た。けれどもその会話のどこからこの予言が出て来たかの点になると、自分に解らないものとして投げてしまうよりほかに手はなかった。彼はすでに幾分の直覚、不幸にして天が彼に与えてくれなかった幾分の直覚を、お延に許していた。その点でいつでも彼女を少し畏《おそ》れなければならなかった彼には、杜撰《ずざん》にそこへ触れる勇気がなかった。と同時に、全然その直覚に信頼する事のできない彼は、何とかしてこっちから吉川夫人を病院へ呼び寄せる工夫はあるまいかと考えた。彼はすぐ電話を思いついた。横着にも見えず、ことさらでもなし、自然に彼女がここまで出向いて来るような電
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