君と仲善《なかよし》の津田はまた充分|成効《せいこう》の見込がそこに見えているので、熱心にそれを主張した。しまいにお延はとうとう我《が》を折った。
事件後の二人は打ち解けてこんな相談をした後《あと》で心持よく別れた。
百十四
前夜よく寝られなかった疲労の加わった津田はその晩案外|気易《きやす》く眠る事ができた。翌日《あくるひ》もまた透《す》き通るような日差《ひざし》を眼に受けて、晴々《はればれ》しい空気を篏硝子《はめガラス》の外に眺めた彼の耳には、隣りの洗濯屋で例の通りごしごし云わす音が、どことなしに秋の情趣を唆《そそ》った。
「……へ行くなら着て行かしゃんせ。シッシッシ」
洗濯屋の男は、俗歌を唄《うた》いながら、区切《くぎり》区切へシッシッシという言葉を入れた。それがいかにも忙がしそうに手を働かせている彼らの姿を津田に想像させた。
彼らは突然変な穴から白い物を担いで屋根へ出た。それから物干へ上《のぼ》って、その白いものを隙間《すきま》なく秋の空へ広げた。ここへ来てから、日ごとに繰り返される彼らの所作《しょさ》は単調であった。しかし勤勉であった。それがはたして何を意味しているか津田には解《わか》らなかった。
彼は今の自分にもっと親切な事を頭の中で考えなければならなかった。彼は吉川夫人の姿を憶《おも》い浮べた。彼の未来、それを眼の前に描き出すのは、あまりに漠然《ばくぜん》過ぎた。それを纏《まと》めようとすると、いつでも吉川夫人が現われた。平生から自分の未来を代表してくれるこの焦点にはこの際特別な意味が附着していた。
一にはこの間訪問した時からの引《ひっ》かかりがあった。その時二人の間に封じ込められたある問題を、ぽたりと彼の頭に点じたのは彼女であった。彼にはその後《あと》を聴《き》くまいとする努力があった。また聴こうとする意志も動いた。すでに封を切ったものが彼女であるとすれば、中味を披《ひら》く権利は自分にあるようにも思われた。
二には京都の事が気になった。軽重《けいちょう》を別にして考えると、この方がむしろ急に逼《せま》っていた。一日も早く彼女に会うのが得策のようにも見えた。まだ四五日はどうしても動く事のできない身体《からだ》を持ち扱った彼は、昨日《きのう》お延の帰る前に、彼女を自分の代りに夫人の所へやろうとしたくらいであった。それは
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