も兄の枕元に取り散らかされている朝食《あさめし》の残骸《なきがら》は、掃除の行き届いた自分の家《うち》を今出かけて来たばかりの彼女にとって、あまり見っともいいものではなかった。
「汚ならしい事」
 彼女は誰に小言を云うともなく、ただ一人こう云って元の座に帰った。しかし津田は黙って取り合わなかった。
「どうしておれのここにいる事が知れたんだい」
「電話で知らせて下すったんです」
「お延がかい」
「ええ」
「知らせないでもいいって云ったのに」
 今度はお秀の方が取り合わなかった。
「すぐ来《き》ようと思ったんですけれども、あいにく昨日《きのう》は少し差支《さしつか》えがあって――」
 お秀はそれぎり後を云わなかった。結婚後の彼女には、こういう風に物を半分ぎりしか云わない癖がいつの間にか出て来た。場合によると、それが津田には変に受取れた。「嫁に行った以上、兄さんだってもう他人ですからね」という意味に解釈される事が時々あった。自分達夫婦の間柄《あいだがら》を考えて見ても、そこに無理はないのだと思い返せないほど理窟《りくつ》の徹《とお》らない頭をもった津田では無論なかった。それどころか、彼はこの妹のような態度で、お延が外へ対してふるまってくれれば好いがと、暗《あん》に希望していたくらいであった。けれども自分がお秀にそうした素振《そぶり》を見せられて見るとけっして好い気持はしなかった。そうして自分こそ絶えずお秀に対してそういう素振《そぶり》を見せているのにと反省する暇も何にもなくなってしまった。
 津田は後を訊《き》かずに思う通りを云った。
「なに今日だって、忙がしいところをわざわざ来てくれるには及ばないんだ。大した病気じゃないんだから」
「だって嫂《ねえ》さんが、もし閑《ひま》があったら行って上げて下さいって、わざわざ電話でおっしゃったから」
「そうかい」
「それにあたし少し兄さんに話したい用があるんですの」
 津田はようやく頭をお秀の方へ向けた。

        九十三

 手術後局部に起る変な感じが彼を襲って来た。それはガーゼを詰め込んだ創口《きずぐち》の周囲にある筋肉が一時に収縮するために起る特殊な心持に過ぎなかったけれども、いったん始まったが最後、あたかも呼吸か脈搏《みゃくはく》のように、規則正しく進行してやまない種類のものであった。
 彼は一昨日《おととい》の午後
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