始めて第一の収縮を感じた。芝居へ行く許諾《きょだく》を彼から得たお延が、階子段《はしごだん》を下へ降りて行った拍子《ひょうし》に起ったこの経験は、彼にとって全然新らしいものではなかった。この前療治を受けた時、すでに同じ現象の発見者であった彼は、思わず「また始まったな」と心の中《うち》で叫んだ。すると苦《にが》い記憶をわざと彼のために繰《く》り返《かえ》してみせるように、収縮が規則正しく進行し出した。最初に肉が縮《ちぢ》む、詰め込んだガーゼで荒々しくその肉を擦《こ》すられた気持がする、次にそれがだんだん緩和《かんわ》されて来る、やがて自然の状態に戻ろうとする、途端《とたん》に一度引いた浪《なみ》がまた磯《いそ》へ打ち上げるような勢で、収縮感が猛烈にぶり返《かえ》してくる。すると彼の意志はその局部に対して全く平生の命令権を失ってしまう。止《や》めさせようと焦慮《あせ》れば焦慮るほど、筋肉の方でなお云う事を聞かなくなる。――これが過程であった。
津田はこの変な感じとお延との間にどんな連絡があるか知らなかった。彼は籠《かご》の中の鳥見たように彼女を取扱うのが気の毒になった。いつまでも彼女を自分の傍《そば》に引きつけておくのを男らしくないと考えた。それで快よく彼女を自由な空気の中に放してやった。しかし彼女が彼の好意を感謝して、彼の病床を去るや否や、急に自分だけ一人取り残されたような気がし出した。彼は物足りない耳を傾むけて、お延の下へ降りて行く足音を聞いた。彼女が玄関の扉を開ける時、烈《はげ》しく鳴らした号鈴《ベル》の音さえ彼にはあまり無遠慮過ぎた。彼が局部から受ける厭《いや》な筋肉の感じはちょうどこの時に再発したのである。彼はそれを一種の刺戟《しげき》に帰した。そうしてその刺戟は過敏にされた神経のお蔭《かげ》にほかならないと考えた。ではお延の行為が彼の神経をそれほど過敏にしたのだろうか。お延の所作《しょさ》に対して突然不快を感じ出した彼も、そこまでは論断する事ができなかった。しかし全く偶然の暗合《あんごう》でない事も、彼に云わせると、自明の理であった。彼は自分だけの料簡《りょうけん》で、二つの間にある関係を拵《こしら》えた。同時にその関係を後からお延に云って聞かせてやりたくなった。単に彼女を気の毒がらせるために、病気で寝ている夫を捨てて、一日の歓楽に走った結果の悪かった事を
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