らからいうと、それはむしろ陳腐過《ちんぷす》ぎる社交上の形式に過ぎなかった。それから一種の虚偽に近い努力でもあった。彼らには自分ら兄妹《きょうだい》でなくては見られない、また自分ら以外の他人には通用し悪《にく》い黙契があった。どうせお互いに好く思われよう、好く思われようと意識して、上部《うわべ》の所作《しょさ》だけを人並に尽したところで、今さら始まらないんだから、いっそ下手に騙《だま》し合う手数《てかず》を省《はぶ》いて、良心に背《そむ》かない顔そのままで、面と向き合おうじゃないかという無言の相談が、多年の間にいつか成立してしまったのである。そうしてその良心に背かない顔というのは、取《とり》も直《なお》さず、愛嬌《あいきょう》のない顔という事に過ぎなかった。
第一に彼らは普通の兄妹として親しい間柄《あいだがら》であった。だから遠慮の要《い》らないという意味で、不愛嬌《ぶあいきょう》な挨拶《あいさつ》が苦にならなかった。第二に彼らはどこかに調子の合わないところをもっていた。それが災《わざわい》の元で、互の顔を見ると、互に弾《はじ》き合《あ》いたくなった。
ふと首を上げてそこにお秀を見出《みいだ》した津田の眼には、まさにこうした二重の意味から来る不精《ぶしょう》と不関心があった。彼は何物をか待ち受けているように、いったんきっと上げた首をまた枕の上に横たえてしまった。お秀はまたお秀で、それにはいっこう頓着《とんじゃく》なく、言葉もかけずに、そっと室《へや》の内に入って来た。
彼女は何より先にまず、枕元にある膳《ぜん》を眺めた。膳の上は汚ならしかった。横倒しに引《ひ》ッ繰《く》り返《かえ》された牛乳の罎《びん》の下に、鶏卵《たまご》の殻《から》が一つ、その重みで押し潰《つぶ》されている傍《そば》に、歯痕《はがた》のついた焼麺麭《トースト》が食欠《くいかけ》のまま投げ出されてあった。しかもほかにまだ一枚手をつけないのが、綺麗《きれい》に皿の上に載っていた。玉子もまだ一つ残っていた。
「兄さん、こりゃもう済んだの。まだ食べかけなの」
実際津田の片づけかたは、どっちにでも取れるような、だらしのないものであった。
「もう済んだんだよ」
お秀は眉《まゆ》をひそめて、膳を階子段《はしごだん》の上《あが》り口《くち》まで運び出した。看護婦の手が隙《す》かなかったためか、いつまで
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