に包んで、あたかも鳥籠《とりかご》でもぶら下げているような具合にしてお延に示した。
彼は招ぜられるままに座敷へ上ってお延の父と話をした。お延から云えば、とても若い人には堪《た》えられそうもない老人向の雑談を、別に迷惑そうな様子もなく、方角違の父と取り換わせた。彼は自分の持って来た本については何事も知らなかった。お延の返しに行った本についてはなお知らなかった。劃の多い四角な字の重なっている書物は全く読めないのだと断った。それでもこちらから借りに行った呉梅村詩《ごばいそんし》という四文字《よもじ》を的《あて》に、書棚をあっちこっちと探してくれたのであった。父はあつく彼の好意を感謝した。……
お延の眼にはその時の彼がちらちらした。その時の彼は今の彼と別人《べつにん》ではなかった。といって、今の彼と同人でもなかった。平たく云えば、同じ人が変ったのであった。最初無関心に見えた彼は、だんだん自分の方に牽《ひ》きつけられるように変って来た。いったん牽きつけられた彼は、またしだいに自分から離れるように変って行くのではなかろうか。彼女の疑はほとんど彼女の事実であった。彼女はその疑《うたがい》を拭《ぬぐ》い去るために、その事実を引《ひ》ッ繰《く》り返さなければならなかった。
八十
強い意志がお延の身体《からだ》全体に充《み》ち渡った。朝になって眼を覚《さ》ました時の彼女には、怯懦《きょうだ》ほど自分に縁の遠いものはなかった。寝起《ねおき》の悪過ぎた前の日の自分を忘れたように、彼女はすぐ飛び起きた。夜具を跳《は》ね退《の》けて、床を離れる途端《とたん》に、彼女は自分で自分の腕の力を感じた。朝寒《あささむ》の刺戟《しげき》と共に、締《し》まった筋肉が一度に彼女を緊縮させた。
彼女は自分の手で雨戸を手繰《たぐ》った。戸外《そと》の模様はいつもよりまだよッぽど早かった。昨日《きのう》に引き換えて、今日は津田のいる時よりもかえって早く起きたという事が、なぜだか彼女には嬉《うれ》しかった。怠《なま》けて寝過した昨日の償《つぐな》い、それも満足の一つであった。
彼女は自分で床を上げて座敷を掃《は》き出した後で鏡台に向った。そうして結《ゆ》ってから四日目になる髪を解《と》いた。油で汚《よご》れた所へ二三度|櫛《くし》を通して、癖がついて自由にならないのを、無理に廂《ひさし
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