は何の気なしに叔父の指《さ》している見当《けんとう》を見た。隣家《となり》と地続《じつづ》きになっている塀際《へいぎわ》の土をわざと高く盛り上げて、そこへ小さな孟宗藪《もうそうやぶ》をこんもり繁《しげ》らした根の辺《あたり》が、叔父のいう通り疎《まば》らに隙《す》いていた。先刻《さっき》から問題を変えよう変えようと思って、暗《あん》に機会を待っていた彼女は、すぐ気転を利《き》かした。
「本当ね。あすこを塞《ふさ》がないと、さもさも藪《やぶ》を拵《こしら》えましたって云うようで変ね」
談話は彼女の予期した通りよその溝へ流れ込んだ。しかしそれが再びもとの道へ戻って来た時は、前より急な傾斜面を通らなければならなかった。
六十七
それは叔父が先刻玄関先で鍬《くわ》を動かしていた出入《でいり》の植木屋に呼ばれて、ちょっと席を外《はず》した後《あと》、また庭口から座敷へ上って来た時の事であった。
まだ学校から帰らない百合子《ゆりこ》や一《はじめ》の噂《うわさ》に始まった叔母とお延の談話は、その時また偶然にも継子の方に滑《すべ》り込みつつあった。
「慾張屋《よくばりや》さん、もう好い加減に帰りそうなもんだのにね、何をしているんだろう」
叔母はわざわざ百合子の命《つ》けた渾名《あざな》で継子を呼んだ。お延はすぐその慾張屋の様子を思い出した。自分に許された小天地のうちでは飽《あ》くまで放恣《ほうし》なくせに、そこから一歩踏み出すと、急に謹慎の模型見たように竦《すく》んでしまう彼女は、まるで父母の監督によって仕切られた家庭という籠《かご》の中で、さも愉快らしく囀《さえず》る小鳥のようなもので、いったん戸を開けて外へ出されると、かえってどう飛んでいいか、どう鳴いていいか解らなくなるだけであった。
「今日は何のお稽古《けいこ》に行ったの」
叔母は「あてて御覧」と云った後で、すぐ坂の途中から持って来たお延の好奇心を満足させてくれた。しかしその稽古の題目が近頃熱心に始め出した語学だと聞いた時に、彼女はまた改めて従妹《いとこ》の多慾に驚ろかされた。そんなにいろいろなものに手を出していったい何にするつもりだろうという気さえした。
「それでも語学だけには少し特別の意味があるんだよ」
叔母はこう云って、弁護かたがた継子の意味をお延に説明した。それが間接ながらやはり今度の
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