結婚問題に関係しているので、お延は叔母の手前|殊勝《しゅしょう》らしい顔をしてなるほどと首肯《うなず》かなければならなかった。
夫の好むもの、でなければ夫の職業上妻が知っていると都合の好いもの、それらを予想して結婚前に習っておこうという女の心がけは、未来の良人《りょうじん》に対する親切に違なかった。あるいは単に男の気に入るためとしても有利な手段に違なかった。けれども継子にはまだそれ以上に、人間としてまた細君としての大事な稽古《けいこ》がいくらでも残っていた。お延の頭に描き出されたその稽古は、不幸にして女を善《よ》くするものではなかった。しかし女を鋭敏にするものであった。悪く摩擦《まさつ》するには相違なかった。しかし怜悧《れいり》に研《と》ぎ澄《すま》すものであった。彼女はその初歩を叔母から習った。叔父のお蔭《かげ》でそれを今日《こんにち》に発達させて来た。二人はそういう意味で育て上げられた彼女を、満足の眼で眺めているらしかった。
「それと同じ眼がどうしてあの継子に満足できるだろう」
従妹《いとこ》のどこにも不平らしい素振《そぶり》さえ見せた事のない叔父叔母は、この点においてお延に不可解であった。強《し》いて解釈しようとすれば、彼らは姪《めい》と娘を見る眼に区別をつけているとでも云うよりほかに仕方がなかった。こういう考えに襲われると、お延は突然|口惜《くや》しくなった。そういう考えがまた時々|発作《ほっさ》のようにお延の胸を掴《つか》んだ。しかし城府を設けない行き届いた叔父の態度や、取扱いに公平を欠いた事のない叔母の親切で、それはいつでも燃え上る前に吹き消された。彼女は人に見えない袖《そで》を顔へあてて内部の赤面を隠しながら、やっぱり不思議な眼をして、二人の心持を解けない謎《なぞ》のように不断から見つめていた。
「でも継子さんは仕合せね。あたし見たいに心配性《しんぱいしょう》でないから」
「あの子はお前よりもずっと心配性だよ。ただ宅《うち》にいると、いくら心配したくっても心配する種がないもんだから、ああして平気でいられるだけなのさ」
「でもあたしなんか、叔父さんや叔母さんのお世話になってた時分から、もっと心配性だったように思うわ」
「そりゃお前と継《つぎ》とは……」
中途で止《や》めた叔母は何をいう気か解らなかった。性質が違うという意味にも、身分が違うという意味
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