探させましょうか」
「来れば書留だから、郵便函の中へ投げ込んで行くはずはないよ」
「そうね、だけど念のためだから、あたしちょいと見て来るわ」
御延は玄関の障子《しょうじ》を開けて沓脱《くつぬぎ》へ下りようとした。
「駄目だよ。書留がそんな中に入ってる訳がないよ」
「でも書留でなくってただのが入ってるかも知れないから、ちょっと待っていらっしゃい」
津田はようやく茶の間へ引き返して、先刻《さっき》飯を食う時に坐った座蒲団《ざぶとん》が、まだ火鉢《ひばち》の前に元の通り据《す》えてある上に胡坐《あぐら》をかいた。そうしてそこに燦爛《さんらん》と取り乱された濃い友染模様《ゆうぜんもよう》の色を見守った。
すぐ玄関から取って返したお延の手にははたして一通の書状があった。
「あってよ、一本。ことによると御父さまからかも知れないわ」
こう云いながら彼女は明るい電灯の光に白い封筒を照らした。
「ああ、やっぱりあたしの思った通り、御父さまからよ」
「何だ書留じゃないのか」
津田は手紙を受け取るなり、すぐ封を切って読み下した。しかしそれを読んでしまって、また封筒へ収めるために巻き返した時には、彼の手がただ器械的に動くだけであった。彼は自分の手元も見なければ、またお延の顔も見なかった。ぼんやり細君のよそ行着《ゆきぎ》の荒い御召《おめし》の縞柄《しまがら》を眺めながら独《ひと》りごとのように云った。
「困るな」
「どうなすったの」
「なに大した事じゃない」
見栄《みえ》の強い津田は手紙の中に書いてある事を、結婚してまだ間もない細君に話したくなかった。けれどもそれはまた細君に話さなければならない事でもあった。
七
「今月はいつも通り送金ができないからそっちでどうか都合しておけというんだ。年寄はこれだから困るね。そんならそうともっと早く云ってくれればいいのに、突然金の要《い》る間際《まぎわ》になって、こんな事を云って来て……」
「いったいどういう訳なんでしょう」
津田はいったん巻き収めた手紙をまた封筒から出して膝《ひざ》の上で繰り拡げた。
「貸家が二軒先月末に空《あ》いちまったんだそうだ。それから塞《ふさ》がってる分からも家賃が入って来ないんだそうだ。そこへ持って来て、庭の手入だの垣根の繕《つくろ》いだので、だいぶ臨時費が嵩《かさ》んだから今月は送れないって云
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