拶が各自の間に行われる間、控目にみんなの後《うしろ》に立っていた彼女は、やがて自分の番が廻って来た時、ただ三好《みよし》さんとしてこの未知の人に紹介された。紹介者は吉川夫人であったが、夫人の用いる言葉が、叔父に対しても、叔母に対しても、また継子に対しても、みんな自分に対するのと同じ事で、その間に少しも変りがないので、お延はついにその三好の何人《なんびと》であるかを知らずにしまった。
席に着くとき、夫人は叔父の隣りに坐《すわ》った。一方の隣には三好が坐らせられた。叔母の席は食卓の角であった。継子のは三好の前であった。余った一脚の椅子《いす》へ腰を下《お》ろすべく余儀なくされたお延は、少し躊躇《ちゅうちょ》した。隣りには吉川がいた。そうして前は吉川夫人であった。
「どうですかけたら」
吉川は催促するようにお延を横から見上げた。
「さあどうぞ」と気軽に云った夫人は正面から彼女を見た。
「遠慮しずにおかけなさいよ。もうみんな坐ってるんだから」
お延は仕方なしに夫人の前に着席した。先《せん》を越《こ》すつもりでいたのに、かえって先を越されたという拙《まず》い感じが胸のどこかにあった。自分の態度を礼儀から出た本当の遠慮と解釈して貰うように、これから仕向けて行かなければならないという意志もすぐ働らいた。その意志は自分と正反対な継子の初心《うぶ》らしい様子を、食卓越《テーブルごし》に眺めた時、ますます強固にされた。
継子はまたいつもよりおとなし過ぎた。ろくろく口も利《き》かないで、下ばかり向いている彼女の態度の中《うち》には、ほとんど苦痛に近い或物が見透《みすか》された。気の毒そうに彼女を一目見やったお延は、すぐ前にいる夫人の方へ、彼女に特有な愛嬌《あいきょう》のある眼を移した。社交に慣れ切った夫人も黙っている人ではなかった。
調子の好い会話の断片が、二三度二人の間を往ったり来たりした。しかしそれ以上に発展する余地のなかった題目は、そこでぴたりととまってしまった。二人の間に共通な津田を話の種にしようと思ったお延が、それを自分から持ち出したものかどうかと遅疑《ちぎ》しているうちに、夫人はもう自分を置き去りにして、遠くにいる三好に向った。
「三好さん、黙っていないで、ちっとあっちの面白い話でもして継子さんに聞かせてお上げなさい」
ちょうど叔母と話を途切《とぎ》らしていた三好
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