した。廊下の端《はじ》に立って、半《なか》ば柱に身を靠《も》たせたお延が、継子の姿を見出《みいだ》すまでには多少の時間がかかった。それを向う側に並んでいる売店の前に認めた時、彼女はすぐ下へ降りた。そうして軽く足早に板敷を踏んで、目指《めざ》す人のいる方へ渡った。
「何を買ってるの」
後《うしろ》から覗《のぞ》き込むようにして訊《き》いたお延の顔と、驚ろいてふり返った継子の顔とが、ほとんど擦《す》れ擦れになって、微笑《ほほえ》み合った。
「今困ってるところなのよ。一《はじめ》さんが何かお土産《みやげ》を買ってくれって云うから、見ているんだけれども、あいにく何《なん》にもないのよ、あの人の喜びそうなものは」
疳違《かんちが》いをして、男の子の玩具《おもちゃ》を買おうとした継子は、それからそれへといろいろなものを並べられて、買うには買われず、止《よ》すには止されず、弱っているところであった。役者に縁故のある紋《もん》などを着けた花簪《はなかんざし》だの、紙入だの、手拭《てぬぐい》だのの前に立って、もじもじしていた彼女は、どうしたらよかろうという訴えの眼をお延に向けた。お延はすぐ口を利《き》いてやった。
「駄目よ、あの子は、拳銃《ピストル》とか木剣《ぼっけん》とか、人殺しのできそうなものでなくっちゃ気に入らないんだから。そんな物こんな粋《いき》な所にあろうはずがないわ」
売店の男は笑い出した。お延はそれを機《しお》に年下の女の手を取った。
「とにかく叔母さんに訊いてからになさいよ。――どうもお気の毒さま、じゃいずれまた後《のち》ほど」
こう云ったなりさっさと歩き出した彼女は、気の毒そうにしている継子を、廊下の端《はじ》まで引張るようにして連れて来た。そこでとまった二人は、また一本の軒柱《のきばしら》を盾《たて》に立話をした。
「叔父さんはどうなすったの。今日はなぜいらっしゃらないの」
「来るのよ、今に」
お延は意外に思った。四人でさえ窮屈なところへ、あの大きな男が割り込んで来るのはたしかに一事件《ひとじけん》であった。
「あの上叔父さんに来られちゃ、あたし見たいに薄っぺらなものは、圧《お》されてへしゃげちまうわ」
「百合子さんと入れ代るのよ」
「どうして」
「どうしてでもその方が都合が好いんでしょう。百合子さんはいてもいなくっても構わないんだから」
「そう。じゃも
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