の胸に上った。自分の朝夕《あさゆう》尽している親切は、ずいぶん精一杯なつもりでいるのに、夫の要求する犠牲には際限がないのかしらんという、不断からの疑念が、濃い色でぱっと頭の中へ出た。彼女はその疑念を晴らしてくれる唯一《ゆいいつ》の責任者が今自分の前にいるのだという自覚と共に、岡本の細君を見た。その細君は、遠くに離れている両親をもった彼女から云えば、東京中で頼りにするたった一人の叔母であった。
「良人《おっと》というものは、ただ妻の情愛を吸い込むためにのみ生存する海綿《かいめん》に過ぎないのだろうか」
 これがお延のとうから叔母《おば》にぶつかって、質《ただ》して見たい問であった。不幸にして彼女には持って生れた一種の気位《きぐらい》があった。見方次第では痩我慢《やせがまん》とも虚栄心とも解釈のできるこの気位が、叔母に対する彼女を、この一点で強く牽制《けんせい》した。ある意味からいうと、毎日土俵の上で顔を合せて相撲《すもう》を取っているような夫婦関係というものを、内側の二人から眺めた時に、妻はいつでも夫の相手であり、またたまには夫の敵であるにしたところで、いったん世間に向ったが最後、どこまでも夫の肩を持たなければ、体《てい》よく夫婦として結びつけられた二人の弱味を表へ曝《さら》すような気がして、恥ずかしくていられないというのがお延の意地であった。だから打ち明け話をして、何か訴えたくてたまらない時でも、夫婦から見れば、やっぱり「世間」という他人の部類へ入れべきこの叔母の前へ出ると、敏感のお延は外聞が悪くって何も云う気にならなかった。
 その上彼女は、自分の予期通り、夫が親切に親切を返してくれないのを、足りない自分の不行届《ふゆきとどき》からでも出たように、傍《はた》から解釈されてはならないと日頃から掛念《けねん》していた。すべての噂《うわさ》のうちで、愚鈍という非難を、彼女は火のように恐れていた。
「世間には津田よりも何層倍か気《き》むずかしい男を、すぐ手の内に丸め込む若い女さえあるのに、二十三にもなって、自分の思うように良人《おっと》を綾《あや》なして行けないのは、畢竟《ひっきょう》知恵《ちえ》がないからだ」
 知恵と徳とをほとんど同じように考えていたお延には、叔母からこう云われるのが、何よりの苦痛であった。女として男に対する腕をもっていないと自白するのは、人間でありな
前へ 次へ
全373ページ中80ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング