背中で寝てしまう事もあった。
 土塀《つちべい》の続いている屋敷町を西へ下《くだ》って、だらだら坂を降《お》り尽《つ》くすと、大きな銀杏《いちょう》がある。この銀杏を目標《めじるし》に右に切れると、一丁ばかり奥に石の鳥居がある。片側は田圃《たんぼ》で、片側は熊笹《くまざさ》ばかりの中を鳥居まで来て、それを潜り抜けると、暗い杉の木立《こだち》になる。それから二十間ばかり敷石伝いに突き当ると、古い拝殿の階段の下に出る。鼠色《ねずみいろ》に洗い出された賽銭箱《さいせんばこ》の上に、大きな鈴の紐《ひも》がぶら下がって昼間見ると、その鈴の傍《そば》に八幡宮《はちまんぐう》と云う額が懸《かか》っている。八の字が、鳩《はと》が二羽向いあったような書体にできているのが面白い。そのほかにもいろいろの額がある。たいていは家中《かちゅう》のものの射抜いた金的《きんてき》を、射抜いたものの名前に添えたのが多い。たまには太刀《たち》を納めたのもある。
 鳥居を潜《くぐ》ると杉の梢《こずえ》でいつでも梟《ふくろう》が鳴いている。そうして、冷飯草履《ひやめしぞうり》の音がぴちゃぴちゃする。それが拝殿の前でやむと、母
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