が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊《やまとだけのみこと》よりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。この男は尻を端折《はしょ》って、帽子を被《かぶ》らずにいた。よほど無教育な男と見える。
運慶は見物人の評判には委細|頓着《とんじゃく》なく鑿《のみ》と槌《つち》を動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔の辺《あたり》をしきりに彫《ほ》り抜《ぬ》いて行く。
運慶は頭に小さい烏帽子《えぼし》のようなものを乗せて、素袍《すおう》だか何だかわからない大きな袖《そで》を背中《せなか》で括《くく》っている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。
しかし運慶の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰向《あおむ》いてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、
「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王と我《わ》れ
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