闇の中を飛んで来る。鼻から火の柱のような息を二本出して飛んで来る。それでも女は細い足でしきりなしに馬の腹を蹴《け》っている。馬は蹄《ひづめ》の音が宙で鳴るほど早く飛んで来る。女の髪は吹流しのように闇《やみ》の中に尾を曳《ひ》いた。それでもまだ篝《かがり》のある所まで来られない。
すると真闇《まっくら》な道の傍《はた》で、たちまちこけこっこうという鶏の声がした。女は身を空様《そらざま》に、両手に握った手綱《たづな》をうんと控《ひか》えた。馬は前足の蹄《ひづめ》を堅い岩の上に発矢《はっし》と刻《きざ》み込んだ。
こけこっこうと鶏《にわとり》がまた一声《ひとこえ》鳴いた。
女はあっと云って、緊《し》めた手綱を一度に緩《ゆる》めた。馬は諸膝《もろひざ》を折る。乗った人と共に真向《まとも》へ前へのめった。岩の下は深い淵《ふち》であった。
蹄の跡《あと》はいまだに岩の上に残っている。鶏の鳴く真似《まね》をしたものは天探女《あまのじゃく》である。この蹄の痕《あと》の岩に刻みつけられている間、天探女は自分の敵《かたき》である。
第六夜
運慶《うんけい》が護国寺《ごこくじ》の山門
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