とり》が鳴くまでなら待つと云った。鶏が鳴くまでに女をここへ呼ばなければならない。鶏が鳴いても女が来なければ、自分は逢わずに殺されてしまう。
大将は腰をかけたまま、篝火を眺めている。自分は大きな藁沓《わらぐつ》を組み合わしたまま、草の上で女を待っている。夜はだんだん更《ふ》ける。
時々篝火が崩《くず》れる音がする。崩れるたびに狼狽《うろた》えたように焔《ほのお》が大将になだれかかる。真黒な眉《まゆ》の下で、大将の眼がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、新しい枝をたくさん火の中へ抛《な》げ込《こ》んで行く。しばらくすると、火がぱちぱちと鳴る。暗闇《くらやみ》を弾《はじ》き返《かえ》すような勇ましい音であった。
この時女は、裏の楢《なら》の木に繋《つな》いである、白い馬を引き出した。鬣《たてがみ》を三度|撫《な》でて高い背にひらりと飛び乗った。鞍《くら》もない鐙《あぶみ》もない裸馬《はだかうま》であった。長く白い足で、太腹《ふとばら》を蹴《け》ると、馬はいっさんに駆《か》け出した。誰かが篝りを継《つ》ぎ足《た》したので、遠くの空が薄明るく見える。馬はこの明るいものを目懸《めが》けて
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