裏の筧《かけひ》から手桶《ておけ》に水を汲《く》んで来た神《かみ》さんが、前垂《まえだれ》で手を拭《ふ》きながら、
「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張《ほおば》った|煮〆《にしめ》を呑《の》み込んで、
「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間に挟《はさ》んで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗《ちゃわん》のような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、
「御爺さんの家《うち》はどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
「臍《へそ》の奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突込《つっこ》んだまま、
「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
「あっちへ行くよ」と云った。
「真直《まっすぐ》かい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子《しょうじ》を通り越して柳の下を抜けて、河原《かわら》の方へ真直《まっすぐ》に行った。
 爺さんが表へ出た。自分も後《あと》から出た。爺さんの腰に小さい瓢箪《ひ
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