評したからありがたい。けれども勧告の本人たる橋本は、平気な顔をして、どこか遊んで歩いていて聞きに来なかった。そのくせ営口でまた頼まれると早速、君やるさ、せっかく頼むんだものと例の通りやり出したので、やむをえず痛い腹の上にかけていた蒲団《ふとん》を跳《は》ね退《の》けて、演説をしに行った。その代りおれが先へやるよと断って、橋本のは聞かずに、すぐ宿屋へ帰って来て、また腹の上に蒲団を掛けていた。橋本はこう云うところを見ると、君演説をやってる間は苦しいかなどと気楽な質問をする。もっとも招待を断ったり何かするときには、いや実際この男は胃病でといつでも証人に立ってくれた。して見ると、橋本はただ演説に対してだけ冷刻《れいこく》なのかも知れない。奉天でも危うく高い所へ乗せられるところを、一日|日取《ひどり》が狂ったため、いかな橋本にも、君頼まれたときにはやってやるべきだよを繰返す余地がなかった。京城では発着が前後した上に、宿屋さえ違ったものだから、泰然と講演を謝絶する余裕があった。これは偏《ひとえ》に橋本のいなかった御蔭である。
面白い事に、この演説の勧誘家はその後《ご》札幌《さっぽろ》へ帰るや否や
前へ
次へ
全178ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング