出しものの中へ放り込まれてしまった。とうてい普通の馬車では上がれないと云うんだからやむをえない。それでも露西亜人《ロシアじん》だけあって、眼にあまる山のことごとくに砲台を構えて、その砲台のことごとくに、馬車を駆《か》って頂辺《てっぺん》まで登れるような広い路《みち》をつけたのは感心ですとA君が語られる。実際その当時は奇麗《きれい》な馬車を傷《いた》めずに、心持よく砲台のある地点まで乗りつけられたものと見える。ところが戦争がすんで往復の必要がなくなったので、せっかくできた山路に手を入れる機会を失ったため、我々ごとき物数奇《ものずき》は、かように零落《れいらく》した馬車をさえ、時々復活させる始末になるのである。元来旅順ほど小山が四方《よも》に割拠《かっきょ》して、禿頭を炎天に曝《さら》し合《あ》っている所はない。樹《き》が乏しい土質《どしつ》へ、遠慮のない強雨《ごうう》がどっと突き通ると、傾斜の多い山路の側面が、すぐ往来へ崩《くず》れ出す。その崩れるものがけっして尋常の土じゃない。堅い石である。しかも頑固《がんこ》に角張《かどば》っている。ある所などは、五寸から一尺ほどもあろうと云う火打石
前へ 次へ
全178ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング