の音《ね》が微《かす》かに聞える。隣は主《ぬし》のない家と見えて、締《し》め切った門やら戸やらに蔦《つた》が一面に絡《から》んでいる。往来を隔てて向うを見ると、ホテルよりは広い赤煉瓦《あかれんが》の家が一棟《ひとむね》ある。けれども煉瓦が積んであるだけで屋根も葺《ふ》いてなければ窓硝子《まどガラス》もついてない。足場に使った材木さえ処々に残っているくらいの半建《はんだて》である。淋しい事には、工事を中止してから何年になるか知らないが、何年になってもこのままの姿で、とうてい変る事はあるまいと云う感じが起る。そうしてその感じが家にも往来にも、美しい空にも、一面に充《み》ちている。余は開廊の手摺を掌《てのひら》で抑えながら、奥にいる橋本に、淋《さび》しいなあと云った。旅順の港は鏡のごとく暗緑に光った。港を囲む山はことごとく坊主であった。
まるで廃墟《ルインス》だと思いながら、また室の中に這入《はい》ると、寝床には雪のような敷布《シート》がかかっている。床《ゆか》には柔《やわら》かい絨毯《じゅうたん》が敷いてある。豊かな安楽椅子が据《す》えてある。器物はことごとく新式である。いっさいが整って
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