ずいぶん盛《さかん》なものだろう。

        二十一

 旅順から電話がかかってこっちへはいつ来るかという問合わせである。おい誰がかけてくれるんだろうなと橋本に聞いて見ると、橋本はそうだなあと云うだけで要領を得ない。おい名前は分らないのかとやむをえずボイに尋ね返したら、ボイは依然として、ただ民政署《みんせいしょ》だと云ってかけて参りましたと同じ事を繰返している。おおかた友熊《ともくま》だろうぐらいに橋本と二人で見当をつけて返事をさせた。これが白仁長官《しらにちょうかん》の好意から出た聞き合せであった事は旅順に着いて後《のち》始めて知った。
 旅順には佐藤友熊と云う旧友があって、警視総長と云う厳《いかめ》しい役を勤めている。これは友熊の名前が広告する通りの薩州人《さっしゅうじん》で、顔も気質も看板のごとく精悍《せいかん》にでき上がっている。始めて彼を知ったのは駿河台《するがだい》の成立学舎という汚《きた》ない学校で、その学校へは佐藤も余も予備門に這入《はい》る準備のために通学したのであるからよほど古い事になる。佐藤はその頃|筒袖《つつそで》に、脛《すね》の出る袴《はかま》を穿《は
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