た。でき上ったというと新規に拵《こしら》えた意味を含んでいるから、この建築の形容としては、むしろ不適当であるかも知れない。化物屋敷はそのくらい古い色をしている。壁は煉瓦《れんが》だろうが、外部は一面の灰色で、中には日の透《とお》りそうもない、薄暗い空気を湛《たた》えるごとくに思われた。
余はこの屋敷の長い廊下を一階二階三階と幾返《いくかえり》か往来《おうらい》した。歩けば固い音がする。階段《はしごだん》を上《あが》るときはなおさらこつこつ鳴った。階段は鉄でできていた。廊下の左右はことごとく部屋で、部屋という部屋は皆締め切ってあった。その戸の上に、室《しつ》の所有者の標札がかかっている。烈《はげ》しい光線に慣れた眼で、すぐその標札を読もうとすると、判然《はっきり》読めないくらい廊下は暗かった。余はちょっと立ちどまって室《へや》の中を見る訳には行かないのかなと股野に聞いて見た。股野はすぐ持っていた洋杖《ステッキ》で右手の戸をとんと叩《たた》いた。しかしはい[#「はい」に傍点]とも、這入《はい》れとも応《こた》えるものはなかった。股野はまた二番目の戸をとんとん叩いた。これも中はしんとしてい
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