一回営業報告とある。二冊目は第二回で、三冊目は第三回で、四冊目は第四回の営業報告に違ない。この大冊子を机の上に置いて、たいていこれで分りますがねと河村さんが云い出した時は、さあ大変だと思った。今この胃の痛い最中にこの大部の営業報告を研究しなければすまない事になっては、とうてい持ち切れる訳のものではない。余はまだ営業報告を開《あ》けないうちに、早速|一工夫《ひとくふう》してこう云った。――私は専門家でないんですから、そう詳《くわし》い事を調査しても、とても分りますまいと思いますので、ただ諸君がいろいろな方面でどんな風に働いていられるか、ざあっとその状況を目撃さしていただけばたくさんですから、縦覧《じゅうらん》すべき箇所を御面倒でもちょっと書いて下さいませんか。
 河村さんははあそうですかと、気軽にすぐ筆を執《と》ってくれた。ところへどこからか突然妙な小さな男があらわれて、やあと声をかけた。見ると股野義郎《またのよしろう》である。昔「猫」を書いた時、その中に筑後《ちくご》の国は久留米《くるめ》の住人に、多々羅三平《たたらさんぺい》という畸人《きじん》がいると吹聴《ふいちょう》した事がある。
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