りも黒い。ある所は荒れ果てた庭園の体《てい》に見えた。そう云う場所へ来ると、馬車の上から低い雑木《ぞうき》を一目《ひとめ》に二丁も眺められる。向うに細長い石碑が立っていた。模様だけが薄く見えるが、刻字《こくじ》は無論分らなかった。
 しばらくすると、路が尽きて高い門の下へ出た。門は石を畳《たた》んだ三つのアーチからでき上っているが、アーチの下まで行くにはだいぶ高い石段を登らなくてはならない。門の左右には大きな竜が壁に彫《ほ》り込《こ》んであった。これが正門ですがね、締切りだから壁へ添《つ》いて廻るんですと云って、馬を土堤《どて》のような高い所へ上げた。右は煉瓦《れんが》の壁である。それがところどころ崩《くず》れかかっている。左はだらだらの谷で野葡萄《のぶどう》や雑木が隙間《すきま》なく立て込んだ。路は馬車が辛《かろ》うじて通れるぐらい狭い。そこを廻って横手の門から車を捨てて這入《はい》ると、眼がすっきりと静まった。一抱《ひとかかえ》もある松ばかりが遥《はるか》の向《むこう》まで並んでいる下を、長方形の石で敷きつめた間から、短い草が物寂《ものさ》びて生えている。靴の底が石に落ちて一歩ごと
前へ 次へ
全178ページ中172ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング