だのならまだよかったけれども、片方の輪だけが泥の中へぐしゃぐしゃと滅《め》り込《こ》むと同時に、片方は依然として固い土に支えられている。余は泥側《どろがわ》に席を占めていた。すると足が土と擦《す》れ擦れになるまで車が濘海《ぬかるみ》に沈んで来た。番頭は余の頭の上にあるごとく感ぜられた。余はたまらなくなって、泥の中へ飛び下りた。
五十
原が急に叢《くさむら》に変化するのは不思議であった。ここにこれだけの樹《き》が生えるなら、原の中ももう少し茂って然《しか》るべきであると気がついた時はすでに車の両側が塞《ふさ》がっていた。竹こそないが、藪《やぶ》と云うのが適当と思われるくらいな緑の高さだから、日本の田舎道《いなかみち》を歩くようなおとなしい感じである。ところどころ細い枝などが列を外《はず》れて往来へ差し出ているのを、通りながら潜《くぐ》り抜《ぬ》けたり、撓《しな》わしたりして行き過ぎるのが何より愉快だった。路も先刻《さき》よりは平《ひら》たくなって、真白に草と木の間を貫《つらぬ》いている。ある所には大きな松があった。葉の長さが日本の倍もあって色は海辺《うみべ》のそれよ
前へ
次へ
全178ページ中171ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング