に違いない。いかにも汚《きた》ない国民である。
湯を立てて貰って這入《はい》って見ると、濁っている。別に黄色く濁っている訳ではないが、御茶の味から演繹《えんえき》すればやっぱり酸《す》っぱい湯に浸《つか》っているとよりほかに考えようがない。鹹水《しおみず》にも溶《と》けるとか云って大連でくれた豆石鹸《まめシャボン》でも、行李《こうり》の底から出せばよかったと思った。風呂場も風呂|桶《おけ》も小さいものである。その上下女が出て来て背中を流してくれる。窮屈に身体を曲げながら、御前は日本人だろう。日本はどこの生れだいなどと話をした。この下女は始めて宿へ着いた時、余を橋本の随行と間違えて、そら何とかさんもいっしょにいらしったと云った。その何とかさんは橋本が蒙古《もうこ》へ行くとき、彼と同じくここへ泊った事があるのだそうだ。顔が似ているから間違えたのか、様子が御供らしいから間違えたのかは、つい聞き糺《ただ》して見なかった。窓の外に大きな甕《かめ》が埋《い》けてある。我々の汗や垢《あか》が例の酸っぱい水といっしょになって、朝に晩に流れ込んでいるのだから、時々|汲《く》み出さなければ溢《あふ》れる
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