れぶね》の中へ這入《はい》ってしきりに竿《さお》を動かしている。おいこの池は湯か水かと聞くと、若い男は類稀《たぐいまれ》なる仏頂面《ぶっちょうづら》をして湯だと答えた。あまり厭《いや》な奴だから、それぎり口を利《き》くのをやめにした。岸の上から底を覗《のぞ》くと、時々泡のようなものが浮いて来る。少しは湯気が立ってるかとも思われる。実は魚がいないかと、念のため聞いて見たかったのだけれども、相手が相手だから歩を回《めぐ》らして宿の方へ帰った。後で、この池に魚が泳いでいる由を承知してはなはだ奇異の思いをなした。その上ここには水が一滴も出ないのだと教えられたときには全く驚いた。
驚いた事はまだある。湯から帰りがけに入口の大広間を通り抜けて、自分の室《へや》へ行こうとすると、そこに見慣れない女がいた。どこから来たものか分らないが、紫《むらさき》の袴《はかま》を穿《は》いて、深い靴を鳴らして、その辺を往ったり来たりする様子が、どうしても学校の教師か、女生徒である。東京でこそ外へさえ出れば、向うから眼の中へ飛び込んでくる図だが、渺茫《びょうぼう》たる草原《くさはら》のいずくを物色したって、斯様《か
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