橋本氏も余もこの時まで英語はいっさい使わなかった。元来英人と云うものはプラウドな気風を帯びていて、紹介されない以上は、他《ひと》に向って容易に口を利《き》かない。だから我々も英人に対しては同様にプラウドである。
食後は坑内を見物する事になった。田島君という技師が案内をしてくれた。入口で安全灯を五つ点《とも》して、杖を五本用意して、それを各自《めいめい》に分けて、一間四方ぐらいの穴をだらだらと下りた。十四五間行くか行かないに坑《あな》のなかは真暗《まっくら》になった。カンテラの灯《ひ》は足元を照らすにさえ不足である。けれども路は存外平らで、天井《てんじょう》もかなり高かった。右へ曲って、探るように下りて行くと、余のすぐ前にいる田島君がぴたりととまった。余もとまった。案内がとまったから、あとから続いて来たものもことごとくとまった。ここに腰かけがあります。坑へ這入《はい》るものはここで五六分休んで眼を慣らすんですと云った。五人は休みながらカンテラの灯で互の顔を見合わした。みんな立って黙っている。腰をおろすものは一人もない。静かな中で時の移るのは多少|凄《すご》かった。そのうち暗い所が自然と明るくなって来た。田島君はやがて、もうよかろうと云って、またすぐ右へ曲って、奥へ奥へと下りて行った。余も続いて下りた。あとの三人も続いて下りて来た。
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ここまで新聞に書いて来ると、大晦日になった。二年に亘るのも変だからひとまずやめる事にした。
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底本:「夏目漱石全集7」ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年4月26日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月
入力:柴田卓治
校正:伊藤時也
1999年6月20日公開
2004年2月28日修正
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