うか総裁とごいっしょのように伺いましたがと云われる。船が動き出すと、事務長の佐治君《さじくん》が総裁と同じ船でおいでになると聞いていましたがと聞かれる。船長さんにサルーンの出口で出逢《であ》うと総裁と御同行のはずだと誰か云ってたようでしたがと質問を受ける。こうみんなが総裁総裁と云うと是公《ぜこう》と呼ぶのが急に恐ろしくなる。仕方がないから、ええ総裁といっしょのはずでしたが、ええ総裁と同じ船に乗る約束でしたがと、たちまち二十五年来用い慣れた是公を倹約し始めた。この倹約は鉄嶺丸に始まって、大連から満洲一面に広がって、とうとう安東県《あんとうけん》を経《へ》て、韓国《かんこく》にまで及んだのだから少からず恐縮した。総裁という言葉は、世間にはどう通用するか知らないが、余が旧友|中村是公《なかむらぜこう》を代表する名詞としては、あまりにえら過ぎて、あまりに大袈裟《おおげさ》で、あまりに親しみがなくって、あまりに角《かど》が出過ぎている。いっこう味《あじわい》がない。たとい世間がどう云おうと、余一人はやはり昔の通り是公是公と呼《よ》び棄《す》てにしたかったんだが、衆寡敵《しゅうかてき》せず、やむをえず、せっかくの友達を、他人扱いにして五十日間通して来たのは遺憾《いかん》である。
 船の中は比較的楽だった。二百十日《にひゃくとおか》の明《あく》る日に神戸を立ったのだから、多少の波風は無論おいでなさるんだろうと思ってちゃんと覚悟をきめていたところが、天気が存外|呑気《のんき》にできたもので、神戸から大連に着くまでたいていは鈍《にぶ》り返っていた。甲板《かんぱん》の上に若い英吉利《イギリス》の男が犬を抱いて穏かに寝ていたと云ったら、海のようすもたいていは想像されるだろうと思う。
 ありゃ何ですかと事務長の佐治《さじ》さんに聞くと、え、あれは英国の副領事《ふくりょうじ》だそうですと、佐治さんが答えた。副領事かも知れないが余には美しい二十一二の青年としか思われなかった、これに反して犬はすこぶる妙な顔をしていた。もっともブルドッグだから両親からしてすでに普通の顔とは縁の遠い方に違いない。したがって特にこいつだけを責めるのは残酷だが、一方から云うと、また不思議に妙な顔をしているんだからやむをえない。この犬はその後《ご》大連に渡って大和《やまと》ホテルに投宿した。そうとはちっとも知らずに、食堂
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