ほど溜ってしまう。それを支那の下男が石油缶へ移して天秤棒《てんびんぼう》で担《かつ》いで、どこかへ持って行く。風呂に浸《つか》りながら、どこへ持って行くんだろうなと考えた。余計な心配のようだが余はこの汚水が結局どう片づけられるかの処置を想像して見て、少しく恐ろしくなった。
 これでいて御馳走《ごちそう》がむやみに出る。胃の悪い余のごときものは、御膳《おぜん》の上を眺めただけで、腹がいっぱいになってしまう。夜は緞子《どんす》の夜具に寝かしてくれる。店の方では電話が仕切なしにちりんちりんと鳴っている。品《ひん》の好《い》い御神《おかみ》さんが、はあもしもしを乃別《のべつ》に繰返す。或る時チョコレートの菓子が食いたくなったから、下女に有るかいと聞いて見ると、すぐもしもしで取り寄せてくれた。のみならず満鉄公所へ御馳走を受けに行けば、三鞭《シャンパン》が現れる。領事館へ挨拶に行けば、英吉利《イギリス》の王様の写真などが恭々《うやうや》しく飾ってあって、まるで倫敦《ロンドン》のような気持になる。そうかと思うと、宿の座敷の廊下の向うが白壁で、高い窓から光線が横に這入《はい》って来るのは仕方がないが、その窓に嵌《は》めてある障子《しょうじ》は、北斎《ほくさい》の画《か》いた絵入の三国志《さんごくし》に出てくるような唐《から》めいたものである。しかもあまり綺麗《きれい》ではない。その上|室《へや》の中が妙な臭《におい》を放つ。支那人が執拗《しゅうね》く置《お》き去《ざり》にして行った臭だから、いくら綺麗好きの日本人が掃除をしたって、依然として臭い。宿では近々《きんきん》停車場《ステーション》附近へ新築をして引移るつもりだと云っていた。そうしたら、この臭だけは落ちるだろう。しかし酸っぱい御茶は奉天のあらん限り人畜に祟《たた》るものと覚悟しなければならない。

        四十八

 黒い柱が二本立っている。扉も黒く塗ってある。鋲《びょう》は飯茶碗を伏せたように大きく見える。支那町の真中にこんな大名屋敷に似た門があろうとは思いがけなかった。門を這入《はい》るとまた門がある。これは支那流にできていた。それを通り越すと幅一間ほどの三和土《たたき》が真直《まっすぐ》に正面まで通っている。もっとも左右共に家続きであるから、四角な箱の中をがらん胴《どう》にして、その屋根のない真中を、三和土《た
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