文壇の趨勢
夏目漱石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)懸《か》けたい
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)文学評論[#「文学評論」に傍点]
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近頃は大分方々の雑誌から談話をしろしろと責められて、頭ががらん胴になったから、当分品切れの看板でも懸《か》けたいくらいに思っています。現に今日も一軒断わりました。向後日本の文壇はどう変化するかなどという大問題はなかなか分りにくい。いわんや二三日前まで『文学評論[#「文学評論」に傍点]』の訂正をしていて、頭が痺《しび》れたように疲れているから、早速《さっそく》に分別も浮びません。それに似寄った事をせんだってごく簡略に『秀才文壇[#「秀才文壇」に傍点]』の人に話してしまった。あいにくこの方面も種切れです。が、まあせっかくだから――いつおいでになっても、私の談話が御役に立った試がないようだから――つまらん事でも責任逃れに話しましょう。
私が小説を書き出したのは、何年前からか確《しか》と覚えてもいないが、けっして古くはない。見方によればごく近頃であると云ってもよろしい。しかるに我が文壇の潮流は非常に急なもので、私よりあとから、小説家として、世にあらわれ、また一般から作家として認められたものが大分ある。今も続々出つつあるように思われる。私は多忙な身だから、ほかの人の作を一々通読する暇がない。たてこんで来ると、つい読み損って、それぎりにする事もあるが、できるだけは参考のため、研究のため、あるいは興味のため、目を通して見る。ところが年一年と日を経るに従って、みんな面白い。だんだん老熟の手腕が短篇のうちに行き渡って来たように思われる。妙な比較をするようだけれども近来日本の雑誌に出る創作物の価値は、英国の通俗雑誌に掲載せられる短篇ものよりも、ずっと程度の高いものと自分は信じている。だから日本の文壇は前途多望、大いに楽観すべき現象に充《み》ちていると思います。
そこで今云った通り新参の私のあとから、すでに四五人の新進作家が出るくらいだから、そのあとからもまた出て来るに違ない。現に出つつあるんでしょう。また未来に出ようとして待ち構えている人も定めて多い事だろうと思います。して見るとこれらの四五の新進作家――必ずしもこれらの人に限る必要はないが――はまた新らしい競争者を得らるる事と信ずる。
この競争者の出かたである。出かたに二た通りある。一つは自分の縄張《なわばり》うちへ這入《はい》って来て、似寄った武器と、同種の兵法剣術で競争をやる。元来競争となるとたいていの場合は同種同類に限るようです。同種同類でないと、本当の比較ができないからでもあるし、ひとつ、あいつを乗り越してやろうと云う時は、裏道があってもかえって気がつかないで、やっぱり当の敵の向うに見える本街道をあとを慕って走《か》け出すのが心理的に普通な状態であります。すると同圏内で競争が起ります。この競争の刺激によって、作物がだんだん深さを増して来る。種類が同じだから深さ以外に競争のしようがないのであります。
今一つの競争は圏外に新手が出る事であります。これから新たに文壇に顔を出そうと機を覗《ねら》っている人、もしくはすでに打って出た人のうちで、今までのものとは径路を同じゅうする事を好まない事がないとも限らない。これは今までの作物に飽き足らぬか、もしくは、おれはおれだから是非一派を立てて見せると自己の特色に自信をおくか、または世間の注意を惹《ひ》くには何か異様な武者ぶりを見せないと効力が少ないとか、いろいろの動機から起るだろうが、要するに模擬者《もぎしゃ》でもなければ、同圏内の競争者でもない。すなわち圏外の敵である。この種の競争者が出て来ると、文壇の刺激は種類と種類の間に起る。種類が多ければ多いほど文壇は多趣多様になって、互に競《せ》り合《あい》が始まる訳である。
もしこの二種類の競争すなわち圏の内外に互に競争が同時に起るとすると、向後吾人の受くる作物は、この両個の刺激からして、在来のはますます在来の方向で深く発達したもの、新興のは新興の領分で出来得る限りを開拓して変化を添えるようなものになる。もっとも圏外の競争が烈《はげ》しくなると、圏内の競争は比較的穏かになる。また圏内の競争が烈しい時は、比較的圏外が平和である。
圏内の競争が烈しくなるか、圏外の競争が烈しくなるか、どちらに傾くかは、読書界の傾向で大部きめられる問題であります。もし読書界が把住性が強くって、在来の作物からなお或物を予期しつつある間は、圏内の競争の方が烈しい。また読書界が推移性に支配されつつあって、何か新発展を希望する場合には圏外に優勢なものがあらわれ勝になる。もし読書界が両分されて半々になるときは圏内圏外共に相応の
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