者ほど愚劣な職業はないと思うかも知れない。或は、私が身体《からだ》の健康を害して、坐《すわ》って居っては何《ど》うしても健全になれない。そして私が非常に健康と云うことに重きを置く場合に遭遇する。然《そ》うすると何うしても坐って居らなければならぬ文学者と云う者ほど、詰らない稼業はなくなって了《しま》う。で、然う云う風に標準は始終《しじゅう》変って居るが、それでは、もっと大きな大体の標準を何所《どこ》に置くかと云うことを話すことになると、前にも云ったように、文学の定義を定めてかからねばならず、文学とライフとの交渉を研究し、ライフの意味や価値を定めた上で、他の複雑した事業と比較して話さねばならぬ。それでは中々難かしくなって来るから、其所《そこ》の所は言い得ない。結論だけを言うならば、それは極《ご》く簡単で、只《ただ》、吾々が生涯《しょうがい》従事し得る立派な職業であると私は考えて居るのだ。
 何だか逃げ腰のような、ふわふわした答弁で、中までずんと突き入ってないので、何となく物足らない感じがあるかも知れない。それは中へ入って急所を突いた答えも、すれば出来ないではないが、それでは却《かえ》って局
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