のであります。かくして六尺の人は一尺に足らぬ頭と煎《せん》じつめられたのであります。
してみると沙翁の句は一方において時間を煎じつめ、一方では空間を煎じつめて、そうして鮮《あざや》かに長時間と広空間とを見せてくれております。あたかも肉眼で遠景を見ると漠然《ばくぜん》としているが、一《ひと》たび双眼鏡をかけると大きな尨大《ぼうだい》なものが奇麗《きれい》に縮まって眸裡《ぼうり》に印するようなものであります。そうしてこの双眼鏡の度を合わしてくれるのがすなわち沙翁なのであります。これが沙翁の句を読んで詩的だと感ずる所以《ゆえん》であります。
ところがデフォーの文章を読んで見るとまるで違っております。この男のかき方は長いものは長いなり、短いものは短いなりに書き放して毫《ごう》も煎じつめたところがありません。遠景を見るのに肉眼で見ています。度を合せぬのみか、双眼鏡を用いようともしません。まあ智慧《ちえ》のない叙方と云ってよいでしょう。あるいは心配して読者の便宜《べんぎ》をはかってくれぬ書き方、呑気《のんき》もしくは不親切な書き方と云っても悪くはありますまい。もしくは伸縮方を解せぬ、弾力性のな
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