、ある時間の経過を含む状態には相違ないが、長時間の経過を待たないで、すぐ眼に映る状態であります。だからこの uneasy と云う語は、長い間持続する状態でも、これを一刻もしくは一分に縮《ちぢ》めて画のようにとっさの際《きわ》に頭脳の裏《うち》に描き出し得る状態であります。
 ある人はこう云って、私の説を攻撃するかも知れぬ。――なるほど君の云うような uneasy な状態もあるかも知れない。しかしそれは身体《からだ》の uneasy な場合で心の uneasy な場合ではない。身体の uneasy な状態は長い時間を切って断面的にこれを想像の鏡に写す事もできようが、心の uneasy な場合すなわち心配とか、気がかりというようなものは、そういう風に印象を構成する訳には行かんだろうと。私はその攻撃に対しては、こう答える。――そういう uneasy な状態はあるに相違ない。ないが、ここにはそんな事を考える必要はない。よし帝王の uneasiness が精神的であっても、そう考える必要はない。必要はないと云うよりもそんな余裕はない。uneasy の下《もと》に lies すなわち横わるとある。
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