磯辺に出かけます。するとそこに細君と年齢からその他の点に至るまで夫婦として、いかにも釣り合のいい男が逗留《とうりゅう》していまして細君とすぐ懇意になります。両人は毎日海の中へ飛び込んでいっしょに泳ぎ廻ります。爺さんは浜辺の砂の上から、毎日遠くこれを拝見して、なかなか若いものは活溌《かっぱつ》だと、心中ひそかに嘆賞しておりました。ある日の事三人で海岸を散歩する事になります。時に、お爺さんは老体の事ですから、石の多い浜辺を嫌《きら》って土堤《どて》の上を行きます。若い人々は波打際《なみうちぎわ》を遠慮なくさっさとあるいて参ります。ところが約《およそ》五六丁も来ると、磯際《いそぎわ》に大きな洞穴《ほらあな》があって、両人がそれへ這入《はい》ると、うまい具合と申すか、折悪《おりあし》くと申すか、潮が上げて来て出る事がむずかしくなりました。老人は洞穴《ほらあな》の上へ坐ったまま、沖の白帆を眺めて、潮が引いて両人の出て来るのを待っております。そこであまり退屈だものだから、ふと思出《おもいだ》して、例の医者から勧められた貝を出して、この貝を食っては待ち、食っては待って、とうとう潮が引いて、両人が出て
前へ 次へ
全108ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング