理をして、その無理が祟《たた》って、今でもこの通りだと、逐一《ちくいち》を述べ立てると先方の女は笑いながら、あの金剛石は練物《ねりもの》ですよと云ったそうです。それでおしまいです。これは例のモーパッサン氏の作であります。最後の一句は大に振ったもので、定めてモーパッサン氏の大得意なところと思われます。軽薄な巴里《パリ》の社会の真相はさもこうあるだろう穿《うが》ち得て妙だと手を拍《う》ちたくなるかも知れません。そこがこの作の理想のあるところで、そこがこの作の不愉快なところであります。よくせきの場合だから細君が虚栄心を折って、田舎《いなか》育ちの山出し女とまで成り下がって、何年の間か苦心の末、身に釣り合わぬ借金を奇麗《きれい》に返したのは立派な心がけで立派な行動であるからして、もしモーパッサン氏に一点の道義的同情があるならば、少くともこの細君の心行きを活かしてやらなければすまない訳でありましょう。ところが奥さんのせっかくの丹精がいっこう活きておりません。積極的にと云うと言い過ぎるかも知れぬけれども、暗《あん》に人から瞞《だま》されて、働かないでもすんだところを、無理に馬鹿気《ばかげ》た働きを
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