《こ》ねます。せっかくの事だから亭主も無理な工面《くめん》をして一々奥さんの御意《ぎょい》に召すように取り計います。それで御同伴になるかと云うと、まだ強硬に構えています。最後に金剛石《ダイヤモンド》とかルビーとか何か宝石を身に着けなければ夜会へは出ませんよと断然申します。さすがの御亭主もこれには辟易《へきえき》致しましたが、ついに一計を案じて、朋友《ほうゆう》の細君に、こういう飾りいっさいの品々を所持しているものがあるのを幸い、ただ一晩だけと云うので、大切な金剛石の首輪をかり受けて、急の間を合せます。ところが細君は恐悦の余り、夜会の当夜、踊ったり跳《は》ねたり、飛んだり、笑ったり、したあげくの果《はて》、とうとう貴重な借物をどこかへ振り落してしまいました。両人は蒼《あお》くなって、あまり跳ね過ぎたなと勘づいたが、これより以後|跳方《はねかた》を倹約しても金剛石が出る訳でもないので、やむをえず夫婦相談の結果、無理算段の借金をした上、巴里《パリ》中かけ廻ってようやく、借用品と一対《いっつい》とも見違えられる首飾を手に入れて、時を違《たが》えず先方へ、何知らぬ顔で返却して、その場は無事に済ま
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