がないからやめます。
文芸家の理想をようやくこの四種に分けました。この分類は私が文学論のなかに分けておいたものとは少々違いますが、これは出立地が違うのだから仕方がありません。もっともこの分け方の方が、明暸《めいりょう》で適切のように思われますから、双方違っていてもけっして諸君の御損にはなりません。さて前にも申す通り、知、情、意なる我々の精神的作用は区別のできるにもかかわらず、区別されたまま、他と関係なく発現するものでない、のみならず文芸にあっては皆感覚物を通じてその作用を現すのであるからして、この四種の理想に対する情操も、互に混合錯雑して、事実上はかように明暸に区劃《くかく》を受けて、作物中に出てくるものではありません。それにもかかわらず理想は四種あるので、四種以下にはならんのであります。しかも或る格段なる作物を取って検して見ると、四種のうちのいずれかがもっとも著しく眼につきます。したがってこの作はどの理想に属するものだと云う事はある程度まで云えます。そうしてこの四種の理想が、時代により、個人により、その勢力の消長遷移に影響を受けつつあるは疑うべからざる事実であります。ある時代には、
前へ
次へ
全108ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング