つつまれる。その時今まで激論をしていた親子が、急に喧嘩《けんか》を忘れて、互に相援《あいたす》けて門外に逃げるところを小説にかく。すると書いた人は無論読む人もなるほどさもありそうだと思う。すなわちこの小説はある地位にある親子の関係を明かにしたと云う点において、作者及び読者の知を働かし得て、真に対する情の満足を得せしむるのであります。または反対に、大変|中《なか》のよかった夫婦が飢饉《ききん》のときに、平生の愛を忘れて、妻の食うべき粥《かゆ》を夫が奪って食うと云う事を小説にかく。するとこれもある位地境遇にある夫婦の関係を明かにすると云う点で同様の満足を作者と読者に与えるかも知れない。(人間の精神作用から云うと真はいろいろである。時には相反しても依然として双方共真である)好んでこう言う事をかく文芸家を真を理想にする文芸家と云います。
(ろ)吾人の有する第二の精神作用は情であります。この情を理想として働かせる人を文芸家と云う事は前に述べた通りでありますが、説いてここに至ると混雑を生じやすいからして、少々弁じた上進行します。単に情と云うと曖昧《あいまい》であります。なぜなれば我々が情の活動を得
前へ
次へ
全108ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング