すれば感覚的なる自然と感覚的なる人間そのものの色合やら、線の配合やら、大小やら、比例やら、質の軟硬やら、光線の反射具合やら、彼らの有する音声やら、すべてこれらの感覚的なるものに対して趣味、すなわち好悪《こうお》、すなわち情、を有しております。だからこれらの感覚的な物の関係を味わう事ができます。のみならずそのうちでもっとも優れたる関係を意識したくなります。その意識したい理想を実現する一方法として詩ができます、画ができます。この理想に対する情のもっとも著しきものを称して美的情操と云います。(実は美的理想以外にもいろいろな理想が起る訳であります。あるいは一種の関係に突兀《とっこつ》と云う名を与え、あるいは他種の関係に飄逸《ひょういつ》と云う名を与えて、突兀的情操、飄逸的情操と云うのを作っても差支《さしつかえ》ない。分化作用が発達すれば自然とここへ来るにきまっています。西洋人の唱《とな》え出した美とか美学とか云うもののために我々は大に迷惑します)かようにして美的理想を自然物の関係で実現しようとするものは山水専門の画家になったり、天地の景物を咏《えい》ずる事を好む支那詩人もしくは日本の俳句家のよ
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