ても、すぐと図案は拵《こしら》えられんだろうと思います。私共の脳中にはこの帝王と云うものがすこぶる漠然《ばくぜん》として纏《まとま》らない図になって畳み込まれています。ところへ the head that wears a corwn と云われると、帝王と云う観念が急に判然とします。なぜかと云うと、今までは具体であるということだけが解っていたけれど、局部の知識はすこぶる曖昧《あいまい》で取とめがつかなかったのであります。あたかも度の合わぬ眼鏡で物を見るように、その物は独立して存在しているが他の物と独立している事だけが明暸で、その物の内容は朦朧《もうろう》としておったのであります。ところが uneasy lies the head that wears a crown と云われたので焼点《しょうてん》が急にきまったような心持がするのであります。帝王と云えば個人として帝王の全部を想像せねばならん、全部を想像すると勢《いきおい》ぼんやりする。ぼんやりしないために、局部を想像しようとすると、局部がたくさんあるので、どこを想像してよいか分りません。そこで沙翁は多くある局部のうちで、ここを想像するのが一番いいと教えてくれたのであります。その教えてくれたのは、帝王の足でもない、手でもない。乃至《ないし》は背骨《せぼね》でもない。もしくは帝王の腹の中でもない。彼が指さして、あすこだけを注意して御覧、king がよく見えると教えてくれた所は、燦爛《さんらん》たる冠を戴《いただ》く彼の頭であります。この注意をうけた吾々《われわれ》は今まで全局に眼をちらつかせて要領を得んのに苦しんでいたのに、かく注意を受けたから、試みにその方へ視線をむけると、なるほど king が見えたのであります。明暸なのは局部に過ぎぬけれども、この局部が king を代表してしかるべき精髄であるからして、ここが明暸に見えれば全体を明暸に見たと同じ事になる。取《とり》も直《なお》さず物を見るべき要点を沙翁が我々に教えてくれたのであります。この要点は全体を明かにするにおいて功力があるのみならず、要点以外に気を散らす必要がなく、不要の部分をことごとく切り棄てる事もできるからして、読者から云えば注意力の経済になる。この要点を空間に配して云うと、沙翁は king と云う大きなものを縮めて、単なる「冠を戴く頭」に変化さしてくれた
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