たむ》きが多うございます。大阪へ来て文芸を談ずると云うことの可否は知りません。儲《もう》ける話でもしたら一番よかろうと思っているんですが、「文芸と道徳」では題をお聴きになっただけでも儲かりません。その内容をお聴きになってはなお儲かりません。けれども別に損をするというほどの縁喜《えんぎ》の悪い題でもなかろうと思うのです。もちろん御聴《おきき》になる時間ぐらいは損になりますが、そのくらいな損は不運と諦《あきら》めて辛抱して聴いていただきたい。
昔の道徳と今の道徳と云うものの区別、それからお話をしたいと思いますが――どうも落ちついてやっていられないような気がしてたまらない。その前にちょっとこの題の説明をしますが、「道徳と文芸」とある以上、つまり文芸と道徳との関係に帰着するのだから、道徳の関係しない方面、あるいは部分の文芸と云うものはここに論ずる限りでない。したがって文芸の中《うち》でも道徳の意味を帯びた倫理的の臭味《くさみ》を脱却する事のできない文芸上の述作についてのお話と云ってもよし、文芸と交渉のある道徳のお話と云ってもよいのです。それでまず道徳と云うものについて昔と今の区別からお話を始
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