めてだんだん進行する事に致します。
 昔の道徳、これは無論日本での御話ですから昔の道徳といえば維新前の道徳、すなわち徳川氏時代の道徳を指すものでありますが、その昔の道徳はどんなものであるかと云うと、あなた方《がた》も御承知の通り、一口に申しますと、完全な一種の理想的の型を拵《こしら》えて、その型を標準としてその型は吾人が努力の結果実現のできるものとして出立したものであります。だから忠臣でも孝子でももしくは貞女でも、ことごとく完全な模範を前へおいて、我々ごとき至らぬものも意思のいかん、努力のいかんに依っては、この模範通りの事ができるんだといったような教え方、徳義の立て方であったのです。もっとも一概に完全と云いましても、意味の取り方で、いろいろになりますけれども、ここに云うのは仏語《ぶつご》などで使う純一無雑まず混《まじ》り気《け》のないところと見たら差支《さしつかえ》ないでしょう。例えば鉱《あらがね》のように種々な異分子を含んだ自然物でなくって純金と云ったように精錬した忠臣なり孝子なりを意味しております。かく完全な模型を標榜《ひょうぼう》して、それに達し得る念力をもって修養の功を積むべく
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