ガラスど》を開けるや否や、彼の眼を瀬戸物《せともの》の傘入《かさいれ》の方へ引きつけたのである。実をいうと、彼は森本の手紙を受取った当座、この洋杖を見るたびに、自分にも説明のできない妙な感じがしたので、なるべく眼を触れないように、出入《でいり》の際視線を逸《そ》らしたくらいである。ところがそうすると今度はわざと見ないふりをして傘入の傍《そば》を通るのが苦になってきて、極《きわ》めて軽微な程度ではあるけれどもこの変な洋杖におのずと祟《たた》られたと云う風になって、しまった。彼自身もついには自分の神経を不思議に思い出した。彼は一種の利害関係から、過去に溯《さかの》ぼる嫌疑《けんぎ》を恐れて、森本の居所もまたその言伝《ことづて》も主人夫婦に告げられないという弱味を有《も》っているには違ないが、それは良心の上にどれほどの曇《くもり》もかけなかった。記念《かたみ》として上げるとわざわざ云って来たものを、快よく貰い受ける勇気の出ないのは、他《ひと》の好意を空《むなし》くする点において、面白くないにきまっているが、これとても苦になるほどではない。ただ森本の浮世の風にあたる運命が近いうちに終りを告げるとする。(おそらくはのたれ死《じに》という終りを告げるのだろう。)その憐《あわ》れな最期《さいご》を今から予想して、この洋杖が傘入の中に立っているとする。そうして多能な彼の手によって刻《きざ》まれた、胴から下のない蛇の首が、何物かを呑もうとして呑まず、吐こうとして吐かず、いつまでも竹の棒の先に、口を開《あ》いたまま喰付《くっつ》いているとする。――こういう風に森本の運命とその運命を黙って代表している蛇の頭とを結びつけて考えた上に、その代表者たる蛇の頭を毎日握って歩くべく、近い内にのたれ死をする人から頼まれたとすると、敬太郎はその時に始めて妙な感じが起るのである。彼は自分でこの洋杖を傘入の中から抜き取る事もできず、また下宿の主人に命じて、自分の目の届かない所へ片づけさせる訳にも行かないのを大袈裟《おおげさ》ではあるが一種の因果《いんが》のように考えた。けれども詩で染めた色彩と、散文で行く活計《かっけい》とはだいぶ一致しないところもあって、実際を云うと、これがために下宿を変えて落ちついた方が楽だと思うほど彼は洋杖に災《わざわい》されていなかったのである。
 今日も洋杖《ステッキ》は依然として傘入の中に立っていた。鎌首は下駄箱《げたばこ》の方を向いていた。敬太郎はそれを横に見たなり自分の室《へや》に上ったが、やがて机の前に坐って、森本にやる手紙を書き始めた。まずこの間向うから来た音信《たより》の礼を述べた上、なぜ早く返事を出さなかったかという弁解を二三行でもいいからつけ加えたいと思ったが、それを明らさまに打ち開けては、君のような漂浪者《ヴァガボンド》を知己に有《も》つ僕の不名誉を考えると、書信の往復などはする気になれなかったからだとでも書くよりほかに仕方がないので、そこは例の奔走に取り紛《まぎ》れと簡単な一句でごまかしておいた。次に彼が大連で好都合な職業にありついた祝いの言葉をちょっと入れて、その後《あと》へだんだん東京も寒くなる時節柄、満洲《まんしゅう》の霜《しも》や風はさぞ凌《しの》ぎ悪《にく》いだろう。ことにあなたの身体《からだ》ではひどく応《こた》えるに違《ちがい》ないから、是非用心して病気に罹《かか》らないようになさいと優しい文句を数行《すぎょう》綴《つづ》った。敬太郎から云うと、実にここが手紙を出す主意なのだから、なるべく自分の同情が先方へ徹するように旨《うま》くかつ長く、そうして誰が見ても実意の籠《こも》っているように書きたかったのだけれども、読み直して見ると、やっぱり普通の人が普通時候の挨拶《あいさつ》に述べる用語以外に、何の新らしいところもないので、彼は少し失望した。と云って、固々《もともと》恋人に送る艶書《えんしょ》ほど熱烈な真心《まごころ》を籠《こ》めたものでないのは覚悟の前である。それで自分は文章が下手だから、いくら書き直したって駄目だくらいの口実の下に、そこはそのままにして前《さき》へ進んだ。

        七

 森本が下宿へ置き去りにして行った荷物の始末については義理にも何とか書き添えなければすまなかった。しかしその処置のつけ方を亭主に聞くのは厭《いや》だし、聞かなければ委細の報道はできるはずはなし、敬太郎《けいたろう》は筆の先を宙に浮かしたまま考えていたが、とうとう「あなたの荷物は、僕から主人に話して、どうでも彼の都合の宜《い》いように取り計らわせろとの御依頼でしたが、あなたの千里眼の通り、僕が何にも云わない先に、雷獣《らいじゅう》の方で勝手に取計ってしまったようですからさよう御承知を願います。梅の盆栽《ぼんさい》を下さるという事ですが、これは影も形も見えないようですから、頂きません。ただ御礼だけ申し述べておきます。それから」とつづけておいて、また筆を休めた。
 敬太郎はいよいよ洋杖《ステッキ》のところへ来たのである。根が正直な男だから、あの洋杖はせっかくの御覚召《おぼしめし》だから、ちょうだいして毎日散歩の時突いて出ますなどと空々しい嘘《うそ》は吐《つ》けず、と言って御親切はありがたいが僕は貰いませんとはなおさら書けず。仕方がないから、「あの洋杖はいまだに傘入《かさいれ》の中に立っています。持主の帰るのを毎日毎夜待ち暮しているごとく立っています。雷獣もあの蛇の頭へは手を触れる事をあえてしません。僕はあの首を見るたびに、彫刻家としてのあなたの手腕に敬服せざるを得ないです」と好加減《いいかげん》な御世辞《おせじ》を並べて、事実を暈《ぼか》す手段とした。
 状袋へ名宛を書くときに、森本の名前を思い出そうとしたが、どうしても胸に浮ばないので、やむを得ず大連電気公園内娯楽掛り森本様とした。今までの関係上主人夫婦の眼を憚《はば》からなければならない手紙なので、下女を呼んでポストへ入れさせる訳にも行かなかったから、敬太郎はすぐそれを自分の袂《たもと》の中に蔵《かく》した。彼はそれを持って夕食後散歩かたがた外へ出かける気で寒い梯子段《はしごだん》を下まで降り切ると、須永《すなが》から電話が掛った。
 今日内幸町から従妹《いとこ》が来ての話に、叔父は四五日内に用事で大阪へ行くかも知れないそうだから、余り遅くなってはと思って、立つ前に会って貰《もら》えまいかと電話で聞いて見たら、宜《よろ》しいという返事だから、行く気ならなるべく早く行った方がよかろう。もっとも電話の上に咽喉《のど》が痛いので、詳しい話はできなかったから、そのつもりでいてくれというのが彼の用向であった。敬太郎は「どうもありがとう。じゃなるべく早く行くようにするから」と礼を述べて電話を切ったが、どうせ行くなら今夜にでも行って見ようという気が起ったので、再び三階へ取って返してこの間|拵《こし》らえたセルの袴《はかま》を穿《は》いた上、いよいよ表へ出た。
 曲り角へ来てポストへ手紙を入れる事は忘れなかったけれども、肝心《かんじん》の森本の安否はこの時すでに敬太郎の胸に、ただ微《かす》かな火気《ほとぼり》を残すのみであった。それでも状袋が郵便函の口を滑《すべ》って、すとんと底へ落ちた時は、受取人の一週間以内に封を披《ひら》く様を想見して、満更《まんざら》悪い心持もしまいと思った。
 それから電車へ乗るまではただ一直線にすたすた歩いた。考も一直線に内幸町の方を向いていたが、電車が明神下《みょうじんした》へ出る時分、何気なく今しがた電話口で須永から聞いた言葉を、頭の内で繰り返して見ると、覚えずはっと思うところが出て来た。須永は「今日内幸町からイトコが来て」とたしかに云ったが、そのイトコが彼の叔父さんの子である事は疑うまでもない。しかしその子が男であるか女であるかは不完全な日本語のまるで関係しないところである。
「どっちだろう」
 敬太郎は突然気にし始めた。もしそれが男だとすれば、あの後姿の女についての手がかりにはならない。したがって女は彼の好奇心を徒《いたず》らに刺戟《しげき》しただけで、ちっとも動いて来ない。しかしもし女だとすると、日といい時刻といい、須永の玄関から上り具合といい、どうも自分より一足先へ這入《はい》ったあの女らしい。想像と事実を継《つ》ぎ合わせる事に巧みな彼は、そうと確かめないうちに、てっきりそうときめてしまった。こう解釈した時彼は、今まで泡立《あわだ》っていた自分の好奇心に幾分の冷水を注《さ》したような満足を覚えると共に、予期したよりも平凡な方角に、手がかりが一つできたと云うつまらなさをも感じた。

        八

 彼は小川町まで来た時、ちょっと電車を下りても須永《すなが》の門口《かどぐち》まで行って、友の口から事実を確かめて見たいくらいに思ったが、単純な好奇心以外にそんな立ち入った詮議《せんぎ》をすべき理由をどこにも見出し得ないので、我慢してすぐ三田線に移った。けれども真直《まっすぐ》に神田橋を抜けて丸の内を疾駆する際にも、自分は今須永の従妹《いとこ》の家に向って走りつつあるのだという心持は忘れなかった。彼は勧業銀行の辺《あたり》で下りるはずのところを、つい桜田本郷町まで乗り越して驚ろいてまた暗い方へ引き返した。淋《さび》しい夜であったが尋ねる目的の家はすぐ知れた。丸い瓦斯《ガス》に田口《たぐち》と書いた門の中を覗《のぞ》いて見ると、思ったより奥深そうな構《かまえ》であった。けれども実際は砂利を敷いた路《みち》が往来から筋違《すじかい》に玄関を隠しているのと、正面を遮《さえ》ぎる植込がこんもり黒ずんで立っているのとで、幾分か厳《いか》めしい景気を夜陰に添えたまでで、門内に這入《はい》ったところでは見付《みつき》ほど手広な住居《すまい》でもなかった。
 玄関には西洋擬《せいようまが》いの硝子戸《ガラスど》が二枚|閉《た》ててあったが、頼むといっても、電鈴《ベル》を押しても、取次がなかなか出て来ないので、敬太郎《けいたろう》はやむを得ずしばらくその傍《そば》に立って内の様子を窺《うか》がっていた。すると、どこからかようやく足音が聞こえ出して、眼の前の擦硝子《すりガラス》がぱっと明るくなった。それから庭下駄《にわげた》で三和土《たたき》を踏む音が二足三足したと思うと、玄関の扉が片方|開《あ》いた。敬太郎はこの際取次の風采《ふうさい》を想望するほどの物数奇《ものずき》もなく、全く漫然と立っていただけであるが、それでも絣《かすり》の羽織《はおり》を着た書生か、双子《ふたこ》の綿入を着た下女が、一応御辞儀をして彼の名刺を受取る事とのみ期待していたのに、今《いま》戸を半分開けて彼の前に立ったのは、思いも寄らぬ立派な服装《なり》をした老紳士であった。電気の光を背中に受けているので、顔は判然《はっきり》しなかったが、白縮緬《しろちりめん》の帯だけはすぐ彼の眼に映じた。その瞬間にすぐこれが田口という須永の叔父さんだろうという感じが敬太郎の頭に働いた。けれども事が余り意外なので、すぐ挨拶《あいさつ》をする余裕《よゆう》も出ず少しはあっけに取られた気味で、ぼんやりしていた。その上自分をはなはだ若く考えている敬太郎には、四十代だろうが五十代だろうが乃至《ないし》六十代だろうがほとんど区別のない一様《いちよう》の爺さんに見えるくらい、彼は老人に対して親しみのない男であった。彼は四十五と五十五を見分けてやるほどの同情心を年長者に対して有《も》たなかったと同時に、そのいずれに向っても慣れないうちは異人種のような無気味《ぶきみ》を覚えるのが常なので、なおさら迷児《まご》ついたのである。しかし相手は何も気にかからない様子で、「何か用ですか」と聞いた。丁寧《ていねい》でもなければ軽蔑《けいべつ》でもない至って無雑作《むぞうさ》なその言葉つきが、少し敬太郎の度胸を回復させたので、彼はようやく自分の姓名を名乗ると共に手短かく来意を告げる機会を得た。すると年嵩《としかさ》な男は
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