思い出したように、「そうそう先刻《さっき》市蔵《いちぞう》(須永の名)から電話で話がありました。しかし今夜|御出《おいで》になるとは思いませんでしたよ」と云った。そうして君そう早く来たっていけないという様子がその裏に見えたので、敬太郎は精一杯《せいいっぱい》言訳をする必要を感じた。老人はそれを聞くでもなし聞かぬでもなしといった風に黙って立っていたが、「そんならまたいらっしゃい。四五日うちにちょっと旅行しますが、その前に御目にかかれる暇さえあれば、御目にかかっても宜《よ》うござんす」と云った。敬太郎は篤《あつ》く礼を述べてまた門を出たが、暗い夜《よ》の中で、礼の述べ方がちと馬鹿丁寧過ぎたと思った。
 これはずっと後《あと》になって、須永の口から敬太郎に知れた話であるが、ここの主人は、この時玄関に近い応接間で、たった一人|碁盤《ごばん》に向って、白石と黒石を互違《たがいちがい》に並べながら考え込んでいたのだそうである。それは客と一石《いっせき》やった後の引続きとして、是非共ある問題を解決しなければ気がすまなかったからであるが、肝心《かんじん》のところで敬太郎がさも田舎者《いなかもの》らしく
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